
「自分の役割とか、やっていること、結果に対して、誠実に向き合う。それだけなんですよね」
そう話すのは、自衛隊、専門商社を経て、当社に未経験エンジニアとして入社し、現在はSaaS事業部でAI書類管理事業の営業責任者を務める小野原さんです。
今回は、入社後に営業へ転向し、新規事業の立ち上げにも携わってきた小野原さんに、職種や役割が変わる中で、何を大切にして仕事へ向き合ってきたのかをお伺いしました。
目次
「なぜ」が解消されない場所では動けない
── 小野原さんの仕事観の背景をたどるために、まずは防衛大学校に進まれた経緯から伺います。どのような理由で進学されたのでしょうか?
まずは、防衛大学を選んだ経緯ですが、地元の福岡に自衛隊が多く、さらに祖父も陸上自衛隊出身で馴染みがあったんです。また、大学で何を学びたいかという明確な目標がない中でも興味や憧れのあった、「リーダーシップ」を専門的に学べる場所として防衛大学を選びましたね。
── リーダーシップというのは、具体的にどういうことを学ばれたのですか?
自衛隊式に体系化されたリーダーシップの知見を、精神的にも肉体的にも取り入れていくという感じでした。1部屋に10人ほどの上級生・下級生が混ざったチームで生活し、規律ある組織の中でどう動くかを、訓練や実践を通じて学んでいきました。
── 防衛大学の卒業を控えた頃には、自衛官として進むことを決心していたのですか?
実は、卒業する時点ですでに「自分は自衛隊に向いていないだろうな」という迷いがあったんです。実際に部隊へ配属されると、その違和感はより明確になりましたね。
── 入隊前に葛藤があったんですね。では、部隊への配属後はどのような違和感があったんでしょうか?
一番はやはり、「なぜ自分はこの役割を担っているのか」という目的や理由(なぜ)が解消されないまま動くことへの苦しさでしたね。もちろん組織を効率的に動かすための仕組みだとは理解していましたが、すでに強固な枠組みやマニュアルが設計されていて、「決まりだから仕方ない」と考えるのを放棄して取り組むことが、自分のスタンスにはどうしても合いませんでした。
良くも悪くも「考える前に動け」という文化の中で、納得感を持てないまま動くことに違和感を感じていたんだと思います。
── そのような気づきを経て、次はどのような道へ進もうと考えたのですか?
自衛隊には2〜3年ほど身を置いた後に、専門商社の営業職として働く道を選びました。もともと両親の教えもあって、なんとなく『グローバル人材になりたい』という思いがあったんです。海外に精通できたらいいな、英語が使えたらいいなという思いがぼやっとありました。
それに加えて、防衛大学から自衛隊ということで、社会人経験がない状態だったので、『現状で一番市場価値を高められるスキルは何だろう』と考えたんです。そこで、営業スキルを身につけることが良いと考え、営業という道を選択しました。

営業で売上を作る経験を積む中で、その先の可能性を探し始めた
── 専門商社ではどんな仕事をされていたんですか?
日用雑貨や工業用照明など、一般消費者向けの商品から業務用商材まで幅広く扱う営業をしていました。具体的には、新規法人へのアプローチや過去取引先の掘り起こしを中心に、アポイントの獲得から商談、契約締結までを営業事務と2人体制で担当していましたね。
── 数年間営業として経験を積む中で、何か変化はありましたか?
営業は、業界や職種を問わず応用が効くスキルだと考えていました。ただ、経験を積む中で、当時の自分としては、営業として関われる範囲だけではプロダクトや事業全体に十分に携わることができない感覚が出てきたんです。
そこで、「このままだと、自分の市場価値も広げきれないのではないか」と感じたんです。もっと製品の仕組みの部分から携わり、事業全体を俯瞰して見られるようなポジションを目指したいという思いが強くなっていきました。
営業もエンジニアも、自分が目指す場所から見れば同じだと気づいた
── 「サービス開発やプロダクトにも関わりながら、全体を俯瞰して見られるようになりたい」という思いを抱いた小野原さんは、次にどのような選択をされたのでしょうか?
事業全体を俯瞰できる立場を目指すなら、まずはサービスの開発そのものができるようになるのが一番の近道だ、と考えたんです。そこで、これまでの営業としてのキャリアを一度横に置いて、開発の実績がない状態でも、サービス開発に関われる可能性のある環境を探す中で、当社に出会いました。
当時は大きな方向転換であることへの不安よりも、『まあ、できるだろう』くらいの気持ちで、新しい領域に飛び込みましたね。
── 実際にエンジニアとして働いてみて、どうでしたか?
当時はとにかくがむしゃらで、言われたことをひたすら覚えて実行する毎日でした。ただ、実際に開発に携わって気づいたのは、エンジニアも一つの役割であって、「事業全体を俯瞰して見られるようになる」という観点で見れば、エンジニアも営業も本質的には変わらないということでした。
その時に、どんな役割においても、その先にある事業全体にどう貢献するかという視点が不可欠だと実感したんです。一方で、周りの経験者を見ていて「エンジニアとして通用していない」という強い悔しさを抱えていたのも事実でした。
── そのような中で、当時の営業チームから声がかかったそうですね。職種を変えてもう一度営業に向き合うことを、当時はどう受け止めていましたか?
そうですね。当時の事業部長から「営業チームに入らないか」と声をかけていただいた時は正直、非常に悩みましたね。一度自分で「エンジニアとしてやる」と決めた以上、再び営業に戻るというのは、自分の中では挫折に近い感覚があったんです。
ただ、よくよく自分と向き合ってみると、それはエンジニアを極めたいというよりは、「自分で決めたことを変えたくない」という、単なる自分の意地だったんですよね。そこで、エンジニアとして結果を出せるかどうかに意地を張るのではなく、「会社に貢献する、結果を出す」という方向に意地の張り方を切り替えたんです。
自分の意地を張るべき場所が「職種」から「成果」へと変わったことで、スパッと気持ちを切り替えて次のステップへ進むことができましたね。

1件の商談で3者分の思考を同時に回し続けていた
── 営業チームに移られてからは、どんな仕事をされていたんですか?
最初は請求管理サービスの新規顧客獲得を担っていました。インバウンド営業とアウトバウンド営業を両方やっていて、途中からアウトバウンドに専念するようになりましたね。その後、スケジュール管理サービスの営業も担うようになっていきました。
── 営業に戻られてからは、どんな日々でしたか?
毎日のように指摘を受けながら、商談をこなしていました。ただ、言われたことを素直に実践するだけでなく、なぜ上司はこう言っているんだろうという背景を自分でずっと探っていましたね。
── 商談中にも、上司から発言の意図を問われたり、フィードバックを受けていたと伺いました。小野原さんはその中で、ただ指摘を受けるだけではなく、何を考えていたんですか?
そうですね。商談中に裏側で、「今どうしてその発言をしたのですか?」というような内容がSlackで飛んできてましたね(笑)。
お客様との会話を進めながら、上司からのフィードバックを受け次の発言に活かす、さらに自分自身の商談も客観的に振り返る。当時はそんな様子で、1件の商談で3者分の思考が同時に走っていましたね。
── そのように、指摘を受けながらも前に進み続けられたのは、どんな考え方があったからなんでしょうか?
商談が思うように進まないこと自体は当然あると思っていました。だから落ち込むというよりも、「結果につなげるには何を変えればいいか」を考え続けていました。なんというか、常に自分の役割とか、やっていること、結果に対して、誠実に向き合う。それだけなんですよね。

役職や役割が変わっても、やることは変わっていない
── 請求管理やスケジュール管理の営業を担った後、新規事業に取り組むことになり、リーダーを任されましたよね。その時は、どのように受け止めていましたか?
そうですね。請求管理やスケジュール管理の営業を続ける中で、新規事業としてBPaaS ※2 を立ち上げることになったタイミングで、リーダーを任せていただきました。
その時の感情としては、リーダーになること自体に特段の抵抗や頭の切り替えはなかったんです。それよりも、『どうやって結果を出していこう』ということだけに興味があったんですよね。なので、実際にリーダーとして動いている時も、どうやったら結果が出るんだろうというPDCAはずっと回っていましたね。
※2 Business Process as a Serviceの略。業務プロセスの一部を、システムや運用と組み合わせて支援するサービス。
── リーダーという役割を担う中で、具体的にどのようなチーム運営を意識されていたのでしょうか? 当時のエピソードを交えて教えてください。
当時は新規事業の立ち上げ期ということもあり、とにかく泥臭い行動量が求められていました。私の役割は、自分自身に課せられた数値を追いつつ、メンバーが安定して行動を続けられるよう管理することでした。そこで貫いていたのは、とにかく『背中を見せる』というスタンスですね。
自分が一番動き、一番考える。その背中を基準として見せながら、もし途中でつまずいているメンバーがいれば、一緒に立て直す。その繰り返しでしたね。
── その後、AI書類管理事業の営業責任者を任されることになりましたが、その時の状況を教えてください。
BPaaSの立ち上げを経て、ある程度事業の方向性が見えてくる中で、AI書類管理事業が始まったんです。私自身は、そのタイミングで営業責任者という役割を任せていただくことになりました。
── 事業を背負う立場になる中で、関わる人や求められる責任も変わっていったと思います。その変化は、小野原さんにとってどのようなものだったのでしょうか?
僕の認識としては、この会社に入ってからずっと、『数値を出す、売上を上げる』という本質的な役割は大きく変わっていないんですよね。ですから、結果的に役職が変わっても、「やることは変わらないな」という感覚でした。
ただ、事業を背負う立場になった分、応えなければいけない責任は重くなり、預けていただいている信頼は以前よりも確実に大きくなっていると感じています。
また、役割が広がる中で、事業に関わる場に呼んでいただく機会も増えました。そうした経験を通じて、事業の成長と一緒に自分自身も成長させてもらっている感覚があります。

数値はゴールじゃない、その先に信頼がある
── 応えないといけない責任は重くなっているとのことですが、その責任に応えるために意識してきたことはありますか。
数値の達成というものがゴールじゃないなと思っていて、その先があるんですよね。何のために売上を積み重ねるのか。事業とか会社とか組織っていうのは、常に社会の信頼に応えるためにあるものだと思っているんです。
それをお客さんとの関係や、メンバーとのコミュニケーションにまで落とし込んでいくと、全部つながってくるんですよね。例えば、何のためにコミュニケーションをとるのかっていうと、信頼関係を築くためだと思っています。
だから、ただ契約に向けて電話するのではなくて、どうやったらこのお客さんと信頼関係を築けるのか、というのは常に考えていますね。
── 信頼関係を築くために、具体的に意識していることはありますか。
やっぱり相手のことを知らないと信頼関係って築けないんですよね。例えば、相手の周辺のことであったり、この人はどういう人と生活しているのかとか、どういう仕事をしているのか、どういうことに悩んでいるんだろうとか、そういう相手のことを知るということをやらないと、信頼って築けないんです。
だから、必要があれば現地にも足を運びます。オンラインでは分からない温度感や、お客さんの課題を知ることが、信頼関係を築くことにつながると思っています。
── 営業責任者として、メンバーへの関わり方で意識していることはありますか。
各メンバーには、コミュニケーションというものは信頼関係を築くためにやるんだよということを伝えています。今後を見据えると、僕一人が売上を上げられるというビジネスの構造ではダメで、メンバー一人ひとりの特徴や、パフォーマンスが出る領域を見ながら、役割や業務フローを最適化していく。
さらに、業務を分かりやすく明文化し、それぞれが成果を出せる状態をつくることが、今の僕の役割だと思っています。目の前の人の信頼に応え続けることが、結果として事業成長につながる。そして、その再現性を確立することが、今の一番の課題ですね。
1人で出す成果より、一緒にいる人の結果が嬉しい
── 少し視点を変えてお聞きしたいのですが、小野原さんが仕事をしていて純粋に楽しいと感じる瞬間はどんな時ですか。
どちらかというと、一緒に頑張ってくれているメンバーの結果が出ることが楽しいし、一緒に働きたいと思ってもらえるとか、信頼されていることが嬉しいですね。それがないと、全然仕事にならないと思っています。
── 信頼されること、選んでもらえることが原動力になっているんですね。
いろんな選択肢がある中で選んでもらえることって、やっぱり嬉しいんですよね。結果に向き合い続けた先に、そういう関係が生まれる。その嬉しさが、自分が頑張れる理由になっているんだと思います。
── 小野原さん、本日はありがとうございました!クロジカで役割が広がる中でも、目の前の結果に誠実に向き合う姿勢は変わらなかった。その積み重ねが、お客さまやメンバー、会社からの信頼に応える仕事につながっていることが、小野原さんの歩みから見えてきました。


